60年代後半生まれの独身女が日々考えたことをつづります


by kiriharakiri
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遺影撮影

こちらのサイトにも時々投稿してくださるはね奴さんのブログを見たら、はね奴さんがファンのインド映画のスター・ラジニカーントのファン仲間の方が亡くなり(享年61歳だそう、まだまだお若いなぁ・・・)、その方のお通夜へ出席したら、それがそれまでに経験したことのないスタイルのお通夜だったそうだ。会場にはジャズが流れ、故人の愛聴したレコードやCDが飾られ、旅行の写真や家族写真が飾られ、出席者はそれを見ながら故人の思い出話をしたり・・・といった所謂「新しい形の」お通夜だった模様。

実は私もつい最近、生協からお葬式関連の小冊子をドッサリ送ってもらったばかり。郵便受けに生協からの宣伝が入っていて、いろんな小冊子をネット経由で簡単に申し込めるようになっていたので、申し込んでみたのだ。

直接の動機は「墓石」「お墓づくり」の小冊子を父に見せて「はよ、墓建てろや!」と尻を蹴飛ばすためである。

以前にも書いたことがあると思うが、父は実家近くのドドドド田舎の寺(勿論父の実家は檀家である)に20年以上も前に墓地を買ったのである。私は「んなところに墓建てられたって、墓参りに行けっか!」とブーブー文句を言っていたのだが、時間が経つにつれ、父の死後、墓参りに行かなくても父には分かんないわけだし、そこに墓を建てて父が満足なら、それはそれでいいんだろうと思うようになった。

ところが一向に墓を建てない。先日、親戚のオバチャンのお見舞いに行ったときにこの寺の墓地にも寄ったのだが(父の実家の墓も母の実家の墓も、ついでに母の兄の墓もあるし)、父の買った場所は、以前から父や母の実家の人からも言われていたのだが、周囲には父が土地を買った当時にはなかった新しい墓が沢山建ち、すっかり「通路」と化していた。通路ならまだしも、そのうちに他の墓が侵入して来ないとも限らない。父が寺とちゃんと契約書を交わして土地を買ったとは考えにくい。そして、墓地購入当時のことを知る寺側の人間は高齢化して亡くなっている。

やっぱり早く墓を建てるべきである。と言うか、私は父の死後にそのド田舎の寺に赴いて墓を建てるなんて面倒なことはしたくない!父が自分でちゃんとしておくべきである。

お見舞いに行ったオバチャン(幸い元気になって退院した)が、入院前の話なのだが父のグズグズ話を知り「ウチの隣の娘は〇〇(←近隣の町)の墓石屋に嫁に行ってるから、そこに頼んで墓作ったらいい」と、こりゃあ好都合!ってな話をもってきてくれたのに父ときたら「『高島暦』を見たら今年は墓を建てるには年回りが悪い!」とか言い出して、本当にイラつく!(私は迷信は大っ嫌いだ!)

そこで、実際に墓石やら墓のパンフレットを目にすれば、少しは具体的に墓を建てることを考える気になるのでは・・・と思ったのだ。ただ、まだパンフレットは見せていない。タイミングがなかなか難しい。

で、それと一緒にいろんなパンフレット―――お葬式・お通夜そのものについてのパンフレットとか会葬返礼品のパンフレットとか、家族葬や(海への)散骨についてのパンフレットなんかももらってみたのだ。考えてみれば、ウチの親も60代後半。今のところ丈夫で病気もしていないけれどいつ死ぬか分かんないし。

それに私だって、やっぱり死に直結する病気もないし、自殺の計画もないけれど、死というのはいつやって来るか分からない。一寸先は闇。いろいろと考えを巡らせるのも悪くはなかろう、と。

私は墓は要らない主義なので、散骨がいいけど、海に散骨するのは海の環境によくないような気がして・・・海に人間の骨の粉は役に立たないのでは?そこらの公園の花壇とか木の下に撒いてもらったほうが役立ちそうだが、今の法律ではダメかな。山とかでOKな場所とかあるかも?

ただ、私が親より先に死んだ場合、ある程度自分の「希望」は伝えるけれど、基本的には親の好きにやってもらうつもり。どんなに趣味が悪くても文句言わない。(言えないか、死人に口無し。)それが先立ってしまった子供の最後の親孝行かな~なんて。でもまあ、恐らくは親が先に死ぬだろうけれどね。

と言うわけで、自分の葬儀についてはゆっくり考えることにしているのだけれど、唯一具体的に既に行動に移したことがある。それが遺影撮影

私はこれまでお通夜やお葬式で遺影を見ては「なんでこんなにボヤけた写真を・・・」とか「こんなにパッとしない写真を・・・」とか思うことが多かった。多分いい写真が見付からなかったのだろう。親族の結婚式での集合写真だの、旅先で撮った下手くそなスナップ写真だのから取り出して拡大したんだと思う。

とにかくいつも気になっていたのだ。そして「私はもっとちゃんと撮った写真がいい!」と思っていた。

そこで、またはね奴さんのブログでの話なのだが、はね奴さんは昨年末に若い「ご学友」の結婚式に出席されたときにプロにヘア・メイクをしてもらったそうなのだ。(はね奴さん、そのときの写真まだ見せてもらってません~今度お会いするときは見せてください~。)

私は普段は化粧はしないが、この話には興味を持った。私もやってみたい!でも化粧してどうする?何もアテがない・・・とコメントしたら「プロフィール写真でも撮る(笑)!?」なんて言われて、「ああ、本とか出版出来たらなーそしたらプロフィール写真も必要だしー」とかバカなことを考えていたのだが、映画『送りびと』で出て来た沢山の祭壇を見てハタと思いついた。

そうだ、遺影撮ろう!

というわけで、ヘア・メイクをして写真撮影をしてくれるところを探し、一番値段の安かったところにメイクと写真撮影を申し込んだ。勿論「遺影用に・・・」とはいちいち言わなかった。適当に「プロフィール用に・・・」と言っておいた。「お見合い用に」って言ってもよかったかも(爆)!

で、出かけたのが先月。化粧というのは本当に気持ち悪い。特に目の周囲が我慢できない。あんまり気持ち悪いのでアイラインは止めてもらった。写真用ということで、化粧は濃い目。だけれど、写真にするとちょうどいい具合になると言う。

撮影は面白かった。「首はこっちに曲げて。もっと曲げて。体はあっちを向けて、体をもっとひねって。でニッコリ笑って。はい、笑い方が足りない。」とかなんとか、こちらも化粧同様エラく不自然なのに、撮った写真では自然に見える。不思議なもんである。

こうして遺影撮影終了~。何ポーズか撮ったもののうち気に入った幾つかを注文して、約2週間で写真が送られてくる。それをヨドバシカメラで買ってきた台紙に入れてみた。台紙に入れると立派に見える。

出来上がった写真は・・・うーん、なんかこう・・・ちょっと自分のイメージと違う自分になっている。私ってこんな顔だったのか。ちょっと母に似てるじゃない?ショック!(母は顔の造作はあんまりよろしくない。)睫毛が短く見えるけど、やっぱりアイライナー引くんだったか?など等、まぁ、モデルがモデルなんだから文句も言えないわけで・・・。

とりあえず写真は両親にも見せた。でないと死んだときに「そう言えばあの写真があったわね」と思い出してもらえず、ヘンな写真を拡大して使われてしまうからねえ。それでは何のために撮影したのか分からなくなってしまう。

でも結構面白かったので、これから1年に1回くらいは撮ってもいいかなと思った。そうしたらいつでも「最新の」遺影が準備出来ているわけだし(いくら私がズーズーしくても30年後の葬式にこの写真を使えとは言わない)、少しづつ変化して歳を取っていく自分を記録するのもよろしかろう。

母もこの写真撮影には興味を持ったようだった。やっぱり「遺影用にちゃんと写した写真が欲しい」と思ったのかも!?
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by kiriharakiri | 2009-05-20 21:24 | 身辺雑記