60年代後半生まれの独身女が日々考えたことをつづります


by kiriharakiri
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マントヴァ公爵はなぜモテる?

いつものように唐突に。今日はマントヴァ公爵について書いてみようと思います。

とりあえずは「マントヴァ公爵」の説明をば。マントヴァ公爵とはヴェルディのオペラ『リゴレット』の登場人物です。

ですので、『リゴレット』の説明。

初演
1851年 (ヴェルディ中期の最初の作品と位置づけられています。)

舞台設定
16世紀 北イタリアのマントヴァ

主な登場人物
リゴレット(マントヴァ公爵付きのせむしの宮廷道化師)・・・バリトン
ジルダ(リゴレットの娘)・・・ソプラノ
マントヴァ公爵(領主)・・・テノール
スパラフチーレ(殺し屋)・・・バス
マッダレーナ(スパラフチーレの妹)・・・メッゾ・ソプラノ


第1幕
マントヴァ公爵の宮廷では今日も華やかな宴が繰り広げられている。マントヴァ公爵は日曜日毎に教会で見かける美しい町娘との恋の戯れを成し遂げたい・・・と廷臣に話していたかと思うと、美しいチェプラーノ伯爵夫人を見かけた途端(「あれかこれか」)、チェプラーノ伯爵の目の前だというのに彼女に言い寄り、二人は別室へ消える。

そこへリゴレットが登場し、チェプラーノ伯爵をからかう。マントヴァ公爵に取り入っているリゴレットはこうやって廷臣たちにあくどい言葉を投げかけるので皆から嫌われている。そこに廷臣の一人がリゴレットが情婦を囲っているとの情報を持ち込み、廷臣たちは驚くが、リゴレットに復讐するチャンスとほくそ笑む。

そこへ、娘を陵辱されたとしてモンテローネ伯爵が激高して現れる。しかしリゴレットは彼をからかい侮辱する。モンテローネ伯爵はマントヴァ公爵とリゴレットに「呪われろ!」と言葉を投げる。リゴレットはこの呪いに恐怖する。

場所は変わって、夜、リゴレットが娘のいる隠れ家の近くまで来ると、殺し屋のスパラフチーレに出会う。殺しの用ならお引き受けしますよ、と言われるがとりあえず話だけ聞く。

隠れ家では愛する娘ジルダが待っている。父と娘、二人だけの家族である。ジルダは三月前から乳母とこの家に来ているが、リゴレットはジルダを世俗に晒したくないあまり、教会へ行く以外は一切の外出を禁じている。

リゴレットが外に人の気配を感じ、出て行くと、変装したマントヴァ公爵が庭に入り込み身を潜める。そして教会で見かけた町娘がリゴレットの娘であると知る。リゴレットがいなくなると、マントヴァ公爵はジルダの前に現れ、熱烈に愛を告白する。ジルダも教会でマントヴァ公爵に(公爵とは知らずに)気付いており彼に憧れていたのであるから、夢見心地である。

マントヴァ公爵が立ち去り暫くすると、今度は廷臣たちがリゴレットの「情婦」を誘拐しようとやって来る。そこにちょうどリゴレットもやって来たため、廷臣たちはリゴレットを上手く騙し、ジルダを連れ去る。娘を連れ去られたと知ったリゴレットは呆然とし「ああ、あの呪い!」と叫ぶ。

第2幕
翌朝、マントヴァ公爵は「私のあの娘がさらわれた」と心配している。だが、廷臣たちがやって来て昨晩リゴレットの情婦をさらってきたと話すと、すぐにそれがジルダのことだと気づき、喜び勇んでジルダのところへ急ぐ。

そこへリゴレットがやって来る。廷臣たちの話の様子からジルダがこの館にいると分かり、娘を返してくれと懇願する。突如ジルダが部屋から走り出てきてリゴレットの腕に身を投げ「辱めを受けた」と泣き、前夜の出来事をリゴレットに話す。そこへ牢へと連れて行かれるモンテローネ伯爵が通り、マントヴァ公爵への復讐が叶わないことを悲嘆するが、リゴレットは私が復讐するぞと決心する。

第3幕
ミンチョ川の人気のない川岸に、1階が居酒屋になった殺し屋スパラフチーレの家がある。そこにリゴレットがジルダを連れてやって来る。まだマントヴァ公爵を恋しく思うジルダに、仕官姿の公爵が居酒屋でマッダレーナをくどく様子を見せる。(「女心の歌」)裏切られたと苦悶するジルダ。リゴレットはジルダにヴェローナへ発つように申し付ける。そしてスパラフチーレに前金を払ってマントヴァ公爵の殺害を依頼する。

スパラフチーレは「仕事」に取り掛かろうとするが、マッダレーナがすっかりマントヴァ公爵を好きになってしまい、彼を助けてくれ、殺さないでくれと頼む。スパラフチーレは仕方なく、真夜中までに誰か来たら、そいつをマントヴァ公爵の代わりに殺そうと譲歩する。マントヴァ公爵への恋心で分別をなくし舞い戻ってきていたジルダがそれを家の外で聞いており、マントヴァ公爵の命を助けたい一心でスパラフチーレの家のドアを叩く。

真夜中、リゴレットは死体の入った袋を受け取り復讐が成ったと喜ぶ。ところが、遠くからマントヴァ公爵の歌(「女心の歌」)が聞こえてくる。ではこの袋に入った死体は一体誰だ!?と袋を開けるとそこには瀕死の娘ジルダが。「私を、あの人を許して・・・」と言い残してジルダは息絶える。リゴレットは「あの呪いだ!」と髪を掻き毟り娘の亡骸の上に倒れる。

***

さて、マントヴァ公爵は「名のあるテノールなら誰でもこの役をレパートリーに入れてしまう」(『プラシド・ドミンゴ・オペラ62役を語る』アルファベータ社より引用、以下ドミンゴの言葉は全てこの本からの引用)というような役で、ヴェルディのオペラの登場人物の中でも特に有名なものの一つです。「女心の歌」は誰でも一度はメロディを聞いたことがあるのではないでしょうか(リンクしたユーチューブ画像では「3大テノール」が一緒に歌ってます)。

私はこの「女心の歌」より「あれかこれか」の方が好きです。「あれもこれも私にとっては身近な女と皆同じ・どんな女にもただ一人に心を支配されることはない・今日この娘が気に入っても明日は別の娘を好きになるかもしれない・云々」という内容をとても軽快なメロディに乗せてシレッと歌うところがいいな~と思います(←「シレッと」と書きましたが、歌うほうにとっては結構きつい歌のようです)。(ちなみにリンクした「あれかこれか」のユーチューブ画像の後半はマントヴァ公爵がチェプラーノ伯爵夫人に言い寄っている場面です。)

さて、これまで私はマントヴァ公爵についてはパヴァロッティのものしか聴いたことがありませんでした。でも、ドミンゴの1枚のアリア集にマントヴァ公爵の歌が2曲も(「これかそれか」「女心の歌」)入っていて、それを聴いたら、やっぱりドミンゴのマントヴァ公爵でリゴレットを聴きたい!ということになり「1979年、指揮・ジュリーニ、タイトルロール・カプッチッリ、ジルダ・コトルバシュ」のCDを聴いてみました。

『オペラ62役を語る』によると、ドミンゴはあまりマントヴァ公爵を歌っておらず(彼にとっては音域が少し高めなようです)、またこの人物が好きではないそうです。彼が自分の歌った人物についてはっきり「好きではない」と言っているのは、少なくともこの本の中ではマントヴァ公爵くらいではないでしょうか。

考えてみると、主役・準主役級のテノールの役は大概が王子様系と言うか、ヒーローだったり、「いいもん」だったり・・・そしてテノールのライバル・敵はバリトンですから、バリトンの役には嫌な人物は結構いるように思います(「オテロ」のイアーゴ然り、「ドン・ジョバンニ」のタイトルロール然り)。ドミンゴは「徹頭徹尾嫌な奴」を歌うことが少なかったのでしょうね。

それはさておき。彼によるとマントヴァ公爵の嫌なところは「ずっと皮肉屋のまま」「ただの強引な女たらしではない、実に不愉快な性格のまま」「卑しく本当にわがまま」等などで「ヴェルディはマントヴァ公爵に、自分以外の人など気にもしないということを表すメロディを書いています」とのことです。

しかし、このマントヴァ公爵はとにかく女にモテるのであります。チェプラーノ伯爵夫人はマントヴァ公爵に言い寄られて、夫がすぐ近くにいるというのに、マントヴァ公爵とどこかへしけこんでしまいます。マッダレーナもマントヴァ公爵を(公爵とは知らずに)好きになり彼のために命乞いをします。ジルダもそもそも教会で彼を見ただけで好意を寄せているわけですし、「辱められた」後でも彼を恋しく思い、彼の全く不誠実な姿を見たときはさすがに動揺しますが、結局彼を恋しく思うことを止められず、彼の身代わりに命まで差し出してしまいます。

これまでマントヴァ公爵が関係を持った女性たちも、きっと彼を好きになったから関係を持ったのだろうと想像できます。(じゃなかったら単なる連続強姦魔だ。)なんだかドン・ジョバンニが連想されます。ドン・ジョバンニと関係を持った女性たちも、きっと彼を好きだと思ったからこそ、だと思いますよ。

さて、ではなぜマントヴァ公爵はモテるのか? 彼には魅力があるからでしょうね。ドミンゴも「唯一認めてもよいことは、彼の魅力です。これは彼のどの歌にも現れています。」と言っています。「自分以外の人など気にもしないということを表すメロディ」は同時に「テノールのために書かれた中で最も美しい」歌なのです。これに「優雅な立ち居振る舞いや軽やかな雰囲気」が加わるのですから、そりゃ女にモテるだろうって!

しかしドミンゴはやっぱり「潜在する残酷な性格は無視できません。」「どんな解釈をしようとも、公爵を不愉快な人物ではないと考えることはできないと思います。ひどい男です。」とダメ押しします。

うーん、そこまで「残酷」で「不愉快」で「ひどい男」か・・・?

マントヴァ公爵に何らかの感情が生まれた一瞬が第2幕の冒頭〈睫毛の先に〉で、聴衆も瞬間彼に共感を覚える、とドミンゴは言っています。確かに、この部分ではマントヴァ公爵はジルダのことを本当に心配していることが歌から伝わってきます。しかし廷臣たちがジルダを誘拐して宮廷に連れてきたのだと知ると、ドミンゴが言うにはマントヴァ公爵は「本来の彼に戻り、彼女をものにできると思って喜びます」。

しかしこの部分でのマントヴァ公爵の歌の歌詞からすると、私には本当にジルダが好きだから彼女が無事と分かり喜んでいるように思えるんです。音楽の面から見るとどうなんでしょう。マントヴァ公爵の自分勝手さを表現している・・・?私にはよく分からないです。

ただ、ここでドミンゴは「彼女が宮廷へ連れてこられる途中で、廷臣たちにレイプされてしまったかもしれない、などとは考えてもみません」と言っているのですが、私も考えてもみませんでした。男が本当に女を好きになったら、そういうことまで心配するものなのかもしれません。それに気付かなかった私は・・・思いやりが足りない?男というものが分かっていなくて呑気すぎ?

そう、多分男から見たマントヴァ公爵と女から見たマントヴァ公爵は違うんでしょうね。男から見たら「最低な男!」なのに、女は引っかかる。ああ、私もマントヴァ公爵に引っかかっているのかもしれません。だってマントヴァ公爵の歌う歌の美しさ、声の素晴らしさときたら・・・!これで優雅な立ち居振る舞いに顔は男前、背が高くて足が長くて云々・・・だったら、ねぇ!

つまり、ヴェルディはオペラの中の登場人物だけでなく、聴衆も引っかけるような強力な女たらしを生み出したということではないでしょうか。

ところで、上記あらすじに書いたように、このオペラのエンディングは大変な悲劇です。私が初めて『リゴレット』を聴いたのは「指揮・シャイー、タイトルロール・ヴィクセル、ジルダ・グルベローバ、マントヴァ公爵・パヴァロッティ、ポネル演出」のオペラ映画なのですが(ちなみに「あれかこれか」でリンクしたユーチューブの画像はこのオペラ映画の一部)、舞台よりグッと「本当のこと」っぽく見えるため、ラスト部分の衝撃が私には少々強くて暫くの間「リゴレット」を聴けなかったくらいです。

この辛いエンディングをドミンゴは「ジルダが公爵のために命を落としたとは思いません。彼女は一度失った愛、それなしでは生きられない愛、そういう理念の愛のために死んだのだ」と解釈しているそうです。ああ、なんだか少し「衝撃」が和らぐような・・・ドミンゴってとても優しい人かも・・・。

でも今は、ジルダが命を落としたのはやっぱり「ジルダはマントヴァ公爵が好きだったから!ロクでもない男だけど、どうしても好きで好きでしょうがなかったから!」だと私は思います。Femme fatale ってありますが、Homme fatal ってのはないのかな?女を不幸にする男、女を破滅させる男、出会わなきゃ幸せな人生が送れただろうに・・・という男。そんな男。稀代の女たらし、マントヴァ公爵はそういうHomme fatal なのではないでしょうか。

ちなみに、この『オペラ62役を語る』にはマントヴァ公爵の衣装を着けたドミンゴの写真(1970年)が載っているのですが、ハハハ!と笑いたくなるほど似合ってます。
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by kiriharakiri | 2008-03-22 21:34 | 音楽♪