60年代後半生まれの独身女が日々考えたことをつづります


by kiriharakiri
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Domingo in 『ラ・マンチャの男』

今日はミュージカル『ラ・マンチャの男』のCDの感想などをば・・・。
(ジャケットの絵はピカソによるものだそうです。)

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キャストは有名オペラ歌手の
プラシド・ドミンゴ(ドン・キ・ホーテ&セルヴァンテス)
ジュリア・ミゲネス(アルドンサ)
サミュエル・レイミー(宿屋の主人)
ミュージカルや映画、テレビで活躍している
マンディ・パティンキン(サンチョ・パンサ)
と、ちょっと驚く豪華な顔ぶれでありました。


どの歌もすごく良くてとても気に入りました!CDには歌とごく一部のセリフが収録されているだけなので、歌と歌の間に何が起こったかは、添付のブックレットのあらすじを読んで知ることになります。そんな状態なのにもかかわらず最後の方では涙まで出てくる始末。(何聴いても泣いてるんじゃ・・・と疑念を持たれている人もいるかもしれませんが(笑)、なぜか涙もろくなっているのは確かですが、でもやっぱり何でもかんでも泣くわけではないですよー。)

日本で『ラ・マンチャの男』と言ったら松本幸四郎ですよね。今回このCDを聴いて、このミュージカルなら見てもいいかもと思って検索したら、先月約1ヶ月の公演が終わったところだったんですね。帝劇のサイトをリンクしますが、これ5月30日で閉鎖されてしまうということなので、あらすじをコピペさせてもらいました。(無断ですいません。お許しを。)

とき・16世紀の末。
ところ・スペイン、セビリア市の牢獄そしてミゲール・デ・セルバンテスが想像するさまざまな場所。

 うす暗い牢の中。囚人たちの耳に、はるか上方の梯子が降ろされる物音がきこえ、やがて宗教裁判所の隊長にひきいられた少人数の行列が下りてくる。教会を侮辱した罪で、セルバンテスは従僕ともども、投獄されようとしているのだ。

 囚人たちは皆、宗教裁判を受けるのか、というセルバンテスの問いに、隊長は、こいつらはただの泥棒や人殺しばかりだ、と言い捨てて牢の外へ。ひき上げられる梯子。

 刺激に飢えていた囚人たちは、この新入りを格好のなぐさみもの、とばかりにこづきまわす。騒ぎをききつけた牢名主が、セルバンテスを詰問する。そしてあげくに裁判をやろうと言う。牢内で一体の裁判だ?

 牢名主をはじめ、理屈の通らぬ囚人どもだが、ここは一つ思案して、何とか申し聞きをせねばこの場が納まらぬ。そう悟ったセルバンテスは、即興劇の形で申し開きをしようと思い立ち、提案する。牢名主の許しを得たセルバンテスは、さっそく"舞台"の準備にとりかかる。配役が多いのでここに居る全員の方に御登場願おうという趣向だ。

 ――さて私は1人の男、私が創り出した男を見てくれ、そして決して若くはない田舎の郷士、名をアロソン・キハーノと言う……。

 この男、朝から晩まで本に親しみ、夜通し読みふけることも稀ではない。あげくに脳味噌が干上がってしまう程に考えすぎて、凡俗な世間に愛想をつかし、ついには狂気の沙汰か、余人の考えつかぬ計画を思いついた。何世紀も前に姿を消した遍歴の騎士となって、すべての悪を滅ぼさんがために世界に飛び出そうとする――その男こそ、人呼んでラ・マンチャのドン・キホーテ。

 「聞けや、汚れ果てし世界よ、忌まわしき巷よ、風に旗を翻えして、戦いを挑まん」(ラ・マンチャの男=われこそはドン・キホーテ〉

 従僕のサンチョ・パンサをひき連れて、勇躍出陣する騎士ドン・キホーテ。主人思いの従僕サンチョ、突飛な道行きとは知りつつ、喜々としてお供をつとめるのだが、他人の眼から見れば常識はずれの好人物でも、神経はいたって正常だ。キホーテにとっては、4本の腕を持つ巨人マタゴーヘルも、サンチョにはただの風車にすぎない。城壁をめぐらした広壮な城もただの旅籠。そんなサンチョなどに目もくれず、巨人退治に敗れたキホーテはやにわに馬を乗り入れ、城の主はおられるか、と呼び張るのだった。驚いたのは牢名主扮する宿屋の亭主や、そこにたむろする囚人たちの扮するあらくれ男ども。今どき見慣れぬ鎧冑の男が現われたのにびっくり仰天。

 そこにはひときわ目立つ女、アルドンサがいた。

 「男の腕なんか、どいつも同じさ」〈同じことさ〉そううそぶく女を一目見たキホーテは、女がいぶかしく思うのもかまわず、うやうやしく語りかける。

 「夢にもみし、その姿、我が心のすべてよ」〈ドルシネア〉キホーテにはあばすれ女の姿はなく、そこにいるのは美わしきドルシネア姫その人だった。

 ところで、そんなキホーテのラ・マンチャの邸では、姪のアントニアやアラスコ博士が出奔した自分の事を心配しているとは、当の本人が知る由もない。

 「あの方のことが、心配なのです」〈あの方の事を考えてばかり〉その嘆きは家政婦や神父の心をゆさぶらんばかり。その頃、宿屋ではアルドンサにむかいサンチョが主人を想う心を吐露していた。「旦那が好きなのさ……」〈本当に好きだ〉アルドンサにはさっぱり分からない。なぜ自分がドルシネアなのか、だからといってどうだというのか――。

 「あの人はどうしてあんなふうなの」〈どうして欲しいの〉最初は取り合おうともしなかったが、なぜか気にかかる……彼女の耳にラバ追いたちの歌が意味あり気にきこえる。 「小鳥よ小鳥、可愛い小鳥……」〈小鳥よ小鳥〉

 キハーノの発狂は真実なのか? それは誰にも分からない。床屋風情はただ驚くだけ。「おいらは陽気な床屋でござる」〈床屋の唄〉ヒゲ剃り用の鉢をいきなり黄金の兜ときめつけるキホーテ。

 「輝かしいマンブリーノ、黄金のかぶとよ」〈マンブリーノの黄金の兜〉かくして戴冠式は終わり、その場に来合わせた神父とカラスコ博士は、複雑な想いにかられる。キハーノの病はどうすればなおるのか? もしかして、病気のままの方がよいのでは? 神父はふとそう思う。

 「夢のドルシネア……」〈自分だけのドルシネア〉キホーテにとって、アルドンサこそ真のドルシネア姫その人だった。キホーテはおもむろに騎士としての使命を披瀝する。

 「夢は稔り難く、敵は数多なりとも、胸に悲しみを秘めて、我は勇みて行かん」〈見果てぬ夢〉次第に感動に心ゆさぶられるアルドンサ。牢名主の手を借りてついに騎士の称号を得たキホーテ。

 「いざ、憂い顔の騎士……」〈騎士叙位の唄〉別人のようになったアルドンサ。だがそんな彼女の変化に気づいたラバ追いたちは、スキをねらっていきなり襲いかかる。連れ去られるアルドンサ。そんなこととは知らぬキホーテは、やがてボロ布のようになった彼女を見つけることになる。――あたいはあんたの思い姫なんかじゃない……。

 「溝の中で生まれたあたいさ」〈アルドンサ〉彼女が何と言おうともキホーテの気持は変わらない。そこへ現われたのは鏡の騎士と名乗る者たち。全員鏡の楯をかざしてキホーテに迫る。多勢に無勢、打ちひしがれたキホーテを見て、鏡の騎士は正体をあらわす。カラスコ博士だ。キハーノの発狂を癒さんがため。

 ふいに、セルバンテスの名を呼ぶ声。喚問だ。ところが芝居はまだ終わっていない。

 鏡の騎士に敗れたキハーノ。瀕死の床に伏すキハーノの心を、少しでも軽くしてあげようと、サンチョが歌う。

 「ちょいとした噂や……」〈一寸したゴシップ〉寿命幾許もないことを悟ったキハーノは遺言状を口述する。そこへアルドンサがかけつける。必死に語りかけるのだが、キハーノには彼女が誰だか分からない。――あたいのことを違う名前で呼んでくれたんだよ、ドルシネアって……女の悲痛な叫びに、次第に心を動かされるキハーノ。ドン・キホーテのことを少しずつ思い出すキハーノ。ただのアロンソ・キハーノに戻ってしまったら、自分はまたあばずれ女のアルドンサに戻らなくてはならない。最後の力ふりしぼって立ち上がるキハーノ、いやドン・キホーテ。かくして見果てぬ夢を追い求めた男に死が迫る。巌かに神父の歌が……。〈聖歌〉

 ――こうして芝居は終わった。梯子が降ろされ、セルバンテスは裁判所へ。

 牢名主は問う。「セルバンテス、ドン・キホーテはお前の兄弟か?」セルバンテスは答える。「われらは2人ともラ・マンチャの男です」

end

私がボロボロ泣いてしまったのは、キハーノ(ドン・キホーテ)が故郷へ連れ戻されて瀕死の床についているところへ、すっかり人が変わったアルドンサがやって来て、キハーノに自分のことを思い出してもらおうと、まずは以前彼が自分に歌ってくれた「ドルシネア姫」(~夢にもみし、その姿、我が心のすべてよ~)を優しく歌うところ。

アルドンサは、母は(多分)娼婦で父はその客、捨て子で、人生に絶望していて、自尊心なぞ全くなく、自暴自棄で開き直ったあばずれ女の娼婦として描かれています。歌声もだみ声。しかしドン・キホーテはなぜか彼女をドルシネア姫(騎士には崇拝しお仕えする姫が必要です!)と思い込み、姫として接する。結果としてそれがアルドンサを救ったわけです。

アルドンサは自分がドルシネアであり続けるためにキハーノにドン・キホーテとしての記憶を取り戻してもらいたい。「ドルシネア姫」の歌では記憶が戻らなかったので、今度はドン・キ・ホーテがアルドンサに自分の冒険(Quest)について語った内容、そして歌った「見果てぬ夢」の歌詞を語りかけると、キハーノはだんだんと記憶を取り戻します。ここでのドン・キ・ホーテとアルドンサのやり取り、だんだんと記憶を取り戻す様子がまた感動的で涙涙・・・。

そしてキハーノはついには劇中劇冒頭で歌った「われこそはドン・キ・ホーテ」(威勢のいい歌です~気に入っています)を歌いだします。今度はキハーナがアルドンサに救われたのです。でも歌が終わると死んでしまうんですけどね・・・。アルドンサは「ある男が死んだ。でもドン・キ・ホーテは死なない。」そして「私の名前はドルシネア。」と言います。

正義のための冒険をして世の中をよくするのだ!と誓ったドン・キ・ホーテは少なくとも一人の女を救った、そしてその救われた女はドン・キ・ホーテを救った、私はそう解釈して感涙にむせいだわけですが・・・正しい解釈なのかは分かりません。まあ、幾通りにも解釈出来そうなミュージカルだと思います。それからCDだけではセルヴァンテスの絡む部分がよく分からないので、とりあえず劇中劇の部分だけの感想です。

ところで、ドン・キ・ホーテというのは、キハーノが狂っているときに現れていた人格ですから、「正気」に戻っているキハーナにドン・キ・ホーテだったことを思い出させる(もしくはドン・キ・ホーテに戻す、であろうか)ということは「救い」ではない、と考えることも出来るでしょう。でも私はこれは「救い」だと考えます。ドン・キ・ホーテこそがキハーノが昇華した末の姿ではあるまいか?その姿で人生を終えることは彼にとって幸せなことだったのではなかろうか。

狂気に陥ったときに現れた彼の「義憤」(世の中は薄汚れていて人々は堕落している、自分は旅に出て悪を正す!「我こそドン・キ・ホーテ」)(見果てぬ夢を見て、正義のために戦う、世の中は少しはよくなるだろう、届かぬ星を掴もうと勤めるならば!「見果てぬ夢」)はとても崇高です。崇高すぎて、こういうことを宣言してそのために奮闘するなんて、「狂っていない人」にはいろんな計算が働いてしまってなかなか出来ないのではないでしょうか。

ここで私が思ったのは「正義」を求めて戦った人達。有名人だと・・・ガンジーとかキング牧師とか・・・。こういった人達を突き動かす(した)もの、行動力やエネルギーは、ドン・キ・ホーテが持っていた義憤と行動力(諸国遍歴の旅に出てしまうのですから!)と同じものではなかろうか。

ドン・キ・ホーテが狂って彼の義憤が出てきたのであれば、それは別に狂気が生み出したものではなく、もともと彼の中にあって隠れていた義憤が狂気に陥ったために隠すものがなくなって出てきたのでは、と思うのです。そして世の中には狂気に陥っていなくても、正義を求める強い行動力が隠れていない人が少しだけいる。あんまり少ないから、この人たちだけでは足りないかも。だとするなら世の中にはもう少し「狂人」がいてもいいのかもしれません・・・。

最後に、このミュージカル中の一番のヒット曲、「見果てぬ夢(The impossible dream)」のリンクと歌詞を載せておきます。


ALDONZA
Why do you do these things?

DON QUIXOTE
What things?

ALDONZA
These ridiculous... the things you do!

DON QUIXOTE
I hope to add some measure of grace to the world.

ALDONZA
The world's a dung heap and we are maggots that crawl on it!

DON QUIXOTE
My Lady knows better in her heart.

ALDONZA
What's in my heart will get me halfway to hell.
And you, Seor Don Quixote-you're going to take
such a beating!

DON QUIXOTE
Whether I win or lose does not matter.

ALDONZA
What does?

DON QUIXOTE
Only that I follow the quest.

ALDONZA
(spits)
That for your Quest!
(turns, marches away; stops, turns bock
and asks, awkwardly)
What does that mean... quest?

DON QUIXOTE
It is the mission of each true knight...
His duty... nay, his privilege!
To dream the impossible dream,
To fight the unbeatable foe,
To bear with unbearable sorrow
To run where the brave dare not go;
To right the unrightable wrong.

To love, pure and chaste, from afar,
To try, when your arms are too weary,
To reach the unreachable star!

This is my Quest to follow that star,
No matter how hopeless, no matter how far,
To fight for the right
Without question or pause,
To be willing to march into hell
For a heavenly cause!

And I know, if I'll only be true
To this glorious Quest,
That my heart will lie peaceful and calm
When I'm laid to my rest.

And the world will be better for this,
That one man, scorned and covered with scars,
Still strove, with his last ounce of courage,
To reach the unreachable stars!



(帝劇のページから日本語訳を持ってきちゃった・・・訴えられるかな?許してください。)

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by kiriharakiri | 2008-05-12 22:32 | 音楽♪