60年代後半生まれの独身女が日々考えたことをつづります


by kiriharakiri
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カテゴリ:感想文( 9 )

映画を滅多に観なかった私ですが、この半年ほど時々映画を観ています。心境の変化?よく分からないのですが・・・あ、1000円の日にしか観てませんが(笑)。

で、今回『ココ アヴァン シャネル』を観てきました。きっかけは母が「シャネルの伝記映画をやるんだって。観てみたい~!」と言っていたから。母がそんなことを言うなんて珍しい。一体どんな映画なんだろ?と思ったら、近くの映画館でやっていたので観てみました。

すごいよかった!最初から最後まで魅入ってしまった!

孤児院に入れられた可愛い姉妹。(←母は死に父は米国へ行ってしまったためと後から映画の中で説明される。)長じて田舎のナイトクラブで歌手になるけどイマイチ。姉は男爵と恋愛して結婚を夢見て歌手をやめるが妹のココは夢と言うか成功を諦めない。この時点での「成功」というのは歌手とか女優とかショウビズの世界での成功?本人にもハッキリ「これ!」とは分かってない感じ。

結局、カネも行くアテもないココはナイトクラブで自分に目をかけてくれた貴族で金持ちのオッサンの家へ強引に転がり込む。そしてそこでいろいろと覚え勉強する。周囲の女性の服装が「すご~くヘン」と感じる彼女は自分が服飾に興味や才能があることにだんだんと気付いていく。恋にも落ちるetc.

物語はとにかく淡々と進み、最後の最後で華やかなシャネルのショーの場面がちょこっとあって、彼女が大成功を収めたことが示される。そして、エンディングのキャプションで彼女が死ぬまで結婚しなかったこと、死ぬまで働いていたこと、嫌いだった日曜日に死んだことが語られる。(日曜が嫌い=働かない日が嫌い、ということなのでしょうね。)

とにかくココ・シャネルの服装が格好いいのだ。男装したり(例えば男の乗馬服で男のように跨って馬に乗るのだ、女がやっていたあのヘンな横座りじゃなくて)、シンプルだったり、今の視点で見ても充分に格好いい。ボーダーのポートネックシャツとか着ていたけれど、あれってシャネルが着始めたものだったの?女性の服用にジャージー素材に目を付けたのがシャネルというのは聞いたことあるような・・・。今、当たり前のものはシャネルが作った。彼女は本当に本当に革新的だったのだ。

体を締め付けるきついコルセットを切った。帽子に付いたゴテゴテヒラヒラした羽飾りを切った。ズルズル長くて雑巾代わりに床掃除でもしてるような引き摺る裾を切った。長く重たい髪も切った。そして結婚も切った!私にはこの映画はシャネルが「切っていく」物語に思えた。ザクザクと切っていく。気持ちよかった。

今、シャネルのブランドの服なんて、バカ高くて普通の人に買えるような代物ではない。私なぞ買うことも着ることも一生ないだろう。私には関係ない世界の話でしょ、そう思っていた。

でも、ああ、今の私の服にもシャネルは大きく影響を与えているのだ。シャネルの影響を受けていない現代の女性の服なんてないのだ。それがシャネルの偉大さなんだ。

しかし、映画を観た後、ネットでいろいろ検索してみて驚いた。結構評判悪いのよ、この映画。話の内容が薄いとか、女優がブスで男優がイケメンじゃないとか、もっとコレコレこの部分について扱って欲しかったとかなんとかかんとか。

で、思ったのが、きっとみんなシャネルについていろいろ知っているのね!ということ。だからそれなりに出来上がった自分なりのイメージを既に持っていて、それと比べてしまうからいろいろ物足りなさとか感じたのでは?私は良くも悪くもシャネルについて殆ど何も知りませんでしたから・・・。

あ、それから結婚を切る物語って基本的に辛いという人も多いのかも。自分はシャネルのような特別の才能に恵まれたわけじゃないから結婚しないという選択はどうとかこうとか書いている感想があったよ。

特別の才能がなくても切ることもあるんです。切ってもいいんです。結婚だって。コルセットや羽飾りや引き摺る裾や長い髪と同じように。ましてや今は21世紀だってのにねー。ああ、しょうもな。
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by kiriharakiri | 2009-09-30 21:45 | 感想文

歌舞伎座4月公演夜の部

歌舞伎座が壊されるってんで歌舞伎座へ歌舞伎を観に行ってきました。生の舞台で歌舞伎を観るのは初めて!

売店に可愛い和風の小物とか沢山あって、また理性を失いゴチャゴチャ買いそうになりましたがグッと我慢。七福うさぎの一筆箋というのだけは買ってしまいましたが・・・。

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演目はコレ↓。(歌舞伎座のサイトから勝手にコピペしました。すみません。)

一、彦山権現誓助剱(ひこさんごんげんちかいのすけだち)
  毛谷村
 親孝行な剣術使い毛谷村六助(吉右衛門)は、年老いた母のためと頼まれ、微塵弾正(歌昇)との試合で勝ちを譲ります。そこへお幸(吉之丞)と名乗る老婆が現れ、六助に親子にならないかと世にも稀な話を持ち掛けます。
 続いて虚無僧姿のお園(福助)がやって来て、六助を仇と言って斬りかかりますが、実はお園は六助の師の吉岡一味斎の娘であり、六助の許婚でした。また先ほどのお幸は一味斎の妻で、ふたりから六助は一味斎が京極内匠という悪人に討たれたことを知らせられます。ここへ杣斧右衛門(東蔵)たちが六助を訪ねて来て、母親が殺されたので仇を討って欲しいと願い出ます。実は斧右衛門の母を殺害したのは先ほどの弾正で、しかも弾正こそ京極内匠だったのです。こうして六助は、内匠を討つべく出立していくのでした。
 義太夫狂言ならではの魅力溢れる作品をお楽しみ下さい。

二、夕霧 伊左衛門 廓文章(くるわぶんしょう)
  吉田屋
 放蕩の末、家を勘当された藤屋伊左衛門(仁左衛門)は、紙衣姿に零落しながらも恋人の夕霧逢いたさに、阿波の大尽(由次郎)が餅つきをして騒ぐ新町の吉田屋へやって来ます。そして吉田屋の主人喜左衛門(我當)、おきさ(秀太郎)夫婦の情けにより、伊左衛門は座敷へ通されます。やがて夕霧(玉三郎)が姿を見せると、伊左衛門はすねてつれなく当るので、太鼓持豊作(巳之助)がふたりをとりなします。
 伊左衛門が機嫌を直すところ、番頭清七(桂三)が勘当が解かれた旨を告げにきて、晴れて伊左衛門と夕霧は夫婦となるのでした。上方和事の代表的な作品を上演する注目の舞台です。

三、曽根崎心中(そねざきしんじゅう)
 天満屋の遊女お初(藤十郎)は、田舎客の儀兵衛(錦吾)に連れられて生玉の社に参詣し、恋人の平野屋徳兵衛(翫雀)と出会いますが、徳兵衛は油屋九平次(橋之助)に騙され、恥じしめられます。一方、徳兵衛の伯父久右衛門(我當)は、徳兵衛に意見しようと天満屋にやって来ます。
 やがて悄然とした徳兵衛が天満屋に現れると、お初はこれを招き入れ縁の下へ隠します。続いて九平次も姿を見せ、徳兵衛の悪口を言い始めます。これを聞いたお初は自らの足を使って、徳兵衛と添い遂げる覚悟を確かめ合います。夜も更け、主の惣兵衛(竹三郎)が灯を消すよう命じ闇に包まれると、お初と徳兵衛は天満屋から抜け出して行きます。そこへ油屋の手代茂兵衛(亀鶴)が駆けつけ、徳兵衛を騙した九平次の悪事が露見したと告げます。しかし何も知らないお初と徳兵衛は、曽根崎の森で心中し息絶えるのでした。
 近松門左衛門の心中物の傑作でもある作品をご覧頂く話題の一幕です。


3つともとてもよかったですよ~。伴奏の音楽もいいですねー。席は悪かったので花道は全然見えませんでしたが。勿論イヤホンガイドも借りました。

特に二幕目の仁左衛門と玉三郎のカップルはまさに美男美女!という感じで美しかった~。玉三郎(夕霧)の着ていた着物もとても艶やかで華やかで。しかも吉田屋の主人夫婦は夕霧のことを「キリ様、キリ様」と呼ぶんですよ。まー、私と同じ名前じゃない!店の商品で籠の鳥の遊女という立場はイヤだけど、あんな美女と一緒の名前なんて、悪い気はしません(笑)。

ところで、私が何故歌舞伎を避けていたかというと、その大きな理由は歌舞伎が世襲の世界だからです。しかも男の世界・・・。跡継ぎの男の子の誕生が期待される世界というのは、やっぱり受け入れ難いものがあります。世襲でないと守れないものがあると言うのか・・・?歌舞伎公演自体は、現代の空気も取り入れつついろいろと模索もしているようですし、今後どうなっていくのでしょうね。伝統と革新を取り混ぜながら発展していってもらいたいです。
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by kiriharakiri | 2009-04-05 01:10 | 感想文
今更なんですが、ミュージカル映画『マンマ・ミーア!』観てきました。私と意見が合いそうだなーという人(複数)が「よかった」と言ってたから、という理由で。(公式サイトはこちら。)

ストーリーやら何やらは詳しくここで紹介するまでもなく、ご存知の方も多いと思いますが、一応書いておきますと。

1999年ロンドン初演、その後世界各地でもヒットしたロングラン・ミュージカルの映画化。使われている音楽はABBA!ABBA!ABBA!それから、監督、プロデューサー、脚本ともに女性です。

お話の舞台はエーゲ海に浮かぶ小さな島。その島で民宿を営んでいるのがシングル・マザーのドナ(メリル・ストリープ)。彼女の20歳の娘ソフィ(アマンダ・セイフライド)が結婚することになったのだが、彼女は父親が誰か知らない。ところが彼女は母の昔の日記を発見。サム(ピアース・ブロスナン)、ハリー(コリン・ファース)、ビル(ステラン・スカルスガルド)という3人の男が父親候補であることが分かる。彼女は一目見ればきっと誰が自分の父親か分かると信じて、その3人を自分の結婚式に招待する。自分の名前でではなくドナの名前で・・・。

島にはソフィの結婚式を前にソフィの親友2人、ドナの旧友のロージー(ジュリー・ウォルターズ)とターニャ(クリスティーン・バランスキー)、そして前述のドナの昔の男3人がやって来て(うん、彼らは3人ともちゃんとドナを愛していたみたいです)、歌って踊っての大騒ぎ(ミュージカルですから)が次から次へと始まる―――。

ということで、感想。

歌と踊りはとても楽しかったです!特にドナとその友人二人の中年女三人の歌と踊りがよかった~!!そして海も島も美しかった~。お話の内容も基本的にコメディで楽しいもので、エンディングもいい感じ(←一般的観点から)のハッピーエンド。「この映画を観れば元気がもらえる!」という意見はあながちウソではないと思うのですが・・・。

それなのに。私は正直、いまいちダメでした。さほど元気出なかった。なぜ?私がウツだという証拠だろうか?あともう一つ考えられる理由は・・・。

ドナは20年間、一人で額に汗して民宿を切り盛りしてソフィを育ててきたわけです。ソフィの父は去って行っちゃったんですから。そんな目に遭ったのに、でも結局はピアース・ブロスナン演じるところのサム(既に婚約者がいたので島を去った)をずーっと忘れられなかった・・・ということなのかなぁ。実は彼は島を去った後にもう一度島へ戻って来ていたこと、そのときドナは失恋の痛手を癒すために(?)次の男としけこんでいたため彼は帰ってしまったことや、彼が既に離婚していて21年間ずっとドナを愛していたこと等をと告げると、ドナはサムのプロポーズを受けて、突如教会で結婚を延期すると宣言したソフィ(婚約者と仲違いしたとかそういうことじゃないんですよ、詳しくは映画観てね)の代わりに、彼と「結婚」しちゃうんだもの。

なんか、「えええ・・・っ」って感じ。

この後に続く歌と踊りのシーンで、ドナの友人で料理本のベストセラー作家で独身主義者のロージーが、自分の冒険談を書く作家のビルが「自分は作家、そして一匹狼」という、映画の最初の方でロージーが呟いたのと全く同じセリフを吐いたのを聞いて、彼をとっ捕まえようとコミカルな追いかけっこが繰り広げられます。とっても可笑しくて楽しいのですが、もしこれが「結婚」のためだったとしたら、やっぱりちょっとしらけるかも・・・。

中年が前向きにドンドン恋人を捕まえようとするのは楽しそうだし、いいなー!と思うけれど、そこに「結婚」が入ってくると一気に気分が覚める私・・・。どうしてもね、結婚、嫌いなのよ・・・。二十歳の娘がフワフワと結婚するのは「ま、若いってのはしょーがないなー」と思えても、歳を重ねて心に古傷持っていて、いろんなことだって分かっているハズの人が結婚に流れるってのは・・・。あー、これも「しょーがないなー」と思うしかないのかな。

それから、今回この映画観て気付いたのは、私、ABBAの曲って殆ど知らない!ってこと。ABBAってグループがいたことも、その名前もよーく知っているのに。さすがにダンシング・クイーンのサビの部分だけはなんとな~く聞き覚えがあったけど、後は全然分かんなかった。何故だろう。

ま、とにかく、年齢なんて気にせずやりたいことやろうぜ、ってことで。

この映画に何かメッセージがあるとしたら、そんなとこかな。と言うか、そういうふうに解釈させてもらいますよ!
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by kiriharakiri | 2009-03-26 23:40 | 感想文
今更ですが、私も『おくりびと』観てきました。よかったです。万人にお勧めです。

話はめちゃくちゃ予定調和です。サプライズは、冒頭、オーケストラ奏者を諦め(ううう、誰かみたい)、故人の母が残した故郷の家へ妻を連れて帰った主人公が、「何か仕事ないかなー」と求人広告欄を見ていて、実労わずかで高給保証の「旅のお手伝い」をする会社というのを見付け、そこへ行ってみたら、なんとそこは「旅のお手伝い」ではなく「安らかな"旅立ちのお手伝い"」―――納棺をする会社だった!というところくらい。その後は映画を見ていて殆どいっつも「次はこうなるんだろうな~」という推測どおりに話は進みます。まったくもう最後の最後まで。

でも、この映画はそれでいいんだと思います。予定調和で話が進むうちに、死出の旅立ちとか、死ぬこととか、生きることとか、そういうことを考えさせ感じさせる、それがこの映画なのだと思います。「おくりびと」という言い方(呼び方)も素敵だなぁと思いました。誰が考えたのかしら?でも、遺体を直接に扱うのが納棺師=「おくりびと」だとしても、考えてみれば生き残っている人全員が「おくりびと」ですよね。

そうだ、予定調和で冒頭以外サプライズ無しと書きましたが、もう一つサプライズがありました。それは納棺師に対する偏見や差別。驚きました。主人公と町中で会った旧友は一緒に歩いていた自分の妻子を主人公に挨拶なぞしなくていいみたいなそぶりで先に歩かせ、「町で噂になている。もっとマシな職業に就け」みたいなこと言います。納棺の場でも、死んだ娘の親が娘の不良仲間(恐らく一緒に事故に遭って彼女だけが死んだと思われる)に「あの人(←主人公)みたいな職業に就いて一緒償いをするのか!?」なんて言う。別に主人公は何かの「償い」のために納棺師やってるわけじゃないのに・・・。そして極めつけが妻で、夫が納棺師をやっていると知り、納棺師を辞めないと告げられると激怒。実家へ帰ると言って出て行こうとする妻の腕を主人公が掴もうとすると「穢らわしい!触らないで!」。穢らわしい・・・あんまり使わない言葉です。この妻はその数ヵ月後に妊娠が分かったと言ってちゃっかり帰ってきたときも「子供も出来たし、子供がいじめられるかもしれないし、だから納棺師辞めて。」みたいなことを言う。うーん。これ、実際に納棺師の方が書いた原作があるわけですから、恐らくその原作の中にも差別や偏見のことが出ているのかな。・・・そんなにイヤな職業ですか?死に関わるから?死は穢れているから?そんなぁ・・・って、ちょっとショックでした。でも、この映画がこんなにヒットして、評価されて、そうしたらこういう「死に関わる」職業に対する差別や偏見を減らすのにも効果あるかも。この映画のもう一つの効用じゃないかと思います。

あ、それから全くの余談ですが、広末涼子サンは・・・ちょっと・・・。誰が彼女をキャスティングしたのか?あれは監督さんが指示した演技なのか?それとも彼女が演じると何でもああなるのか?(私は彼女の出演するドラマも映画もこれまで何も見たことがない。)映画の中で彼女だけがとっても・・・下手な感じで。でもアカデミー賞授賞式には派手なドレスで出席してたし。なんか、あちらでは映画関係者にモテモテだったとかいう記事も読んだし。(外国人から見ると彼女みたいな人が可愛い理想の日本人女性なのか?)

それはさておき。私は(母方の)祖母の納棺に立ち会えなかったのが今でもすごく残念です。母は一足先に実家(祖母の家)に行っていたので立ち会うことは出来ましたが、やっぱり「どうしてあんなにサッサと納棺しちゃったのかしら!?もっと皆(親族)が集まってからでよかったのに!」と憤慨していました。遠方に住む親戚も多いんで集まるまでにどうしても時間がかかってしまうんですよね・・・。ま、祖母の実家の都合もあったのでしょう・・・。

で、このとき私は数珠を持っていませんでした。数珠無しで葬式。

その後も「数珠ぐらい持っていてもいいよなー」と思いつつ、放ったらかしだったのですが、あるとき友人と日光へ行き、そのとき輪王寺でお坊さんから数珠の話がいろいろあって、「ああ、やっぱり数珠買おう」と思ったのでした。数珠に関するお話の内容は殆ど忘れてしまっているのですが、死んで棺に納められたときに手にするものなので燃える素材のものがよい」といった内容のことをおっしゃっていた、という記憶があります。

で、輪王寺で数珠買ってきました。コレ↓。値段はかなり安め、素材は忘れましたが、とにかく木です。
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しかし地味。とにかく地味。なんかやっぱりもっとオシャレなのが欲しいかも~と煩悩全開な私。と言っても、わざわざ買いに行こうとまでは思わず。それが昨年の夏、京都清水寺へ行ったとき、清水坂を歩いていると数珠屋さんが!

店の手前の外に近い方には安い数珠。店の奥に行くに従って高い数珠が並んでいます。「あっ、何かいいのありそう!?」ということで店内を見て回りました。お店の人がいろんなもの(価格はお手頃)を勧めてきますが、日光での「燃える素材のものを」という話が頭にあるので、「燃えるやつ~、燃えるやつ~」と思いつつ探していました。

で、非常に心惹かれたのがコレ↓です。
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何で出来ているか分かりますか?数珠のアップ↓。
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鶉の卵みたいなプツプツの模様です。これ、菩提樹の実なのだそうです。「おお、菩提樹の実なら燃えるじゃない!?」。それに木は木でも、菩提樹ってのがいい。房の色はピンクもあったのですが、断然この若草色が気に入ってこれに決定。使っているうちに、実の色がだんだん飴色になってくると言われました。

せっかくですので数珠入れも購入。京都ですから西陣織りで。(だって帯とか変えないもん・・・。)房と似たような色合いの数珠入れの中から迷った末に鳳凰の柄にしました。鳳凰って、なんだか好きです。
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それにしても、これも含めて、お店にある数珠入れはみんな派手。お店の人に「葬式に持って行くのに、こんなに派手でいいんですか?」と聞いてみたら、「いいんですよ。お坊さんの袈裟だって派手でしょう?あれと同じです。」と言われました。・・・本当だろうか。

しかしその後一度も葬式に行っていないのでまだ使ったことはありません。また、私は時々このブログでも書いているように「改宗」問題を抱えておりますので、死ぬときにこの数珠を使うことになるかは分かりません。今死ねばコレ使うことになりますが。

まあ、とにかく。今日は結構いい映画を観たな~ということで。
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by kiriharakiri | 2009-03-09 23:52 | 感想文

「美食」の本、2冊

巷では『ミシュランガイド東京2008』が話題になってますね。150店に星が付き、東京が世界で最も「星」の多い「美食の都」となったとか。美食の都かぁ・・・まあ、そうなのかもしれませんねー。

で、自分は多分この150店のうち1店も行ったことないと思います。きっと私とは違う階層の方々がご利用なさっているんでしょうねぇ。世の中、職業・公務員と聞けば闇雲に「給料下げろ!」とか主張する人も多いようですが、フツーの公務員なんて、ミシュランのお店とは無関係な層なのよ、全然ショボイのよ、別の層を攻撃してちょうだいな・・・。

と、そんなミシュランガイドが話題になる中、私の手元には『食べる指さし会話帳タイ』と『タイの屋台図鑑』が届きました。この2冊、内容かぶってるよなーとは思っていましたが、よく見ると出版社が一緒(情報センター出版局)。競合しちゃっても関係ないのか?

とにかく2冊とも買ってしまった私ですが・・・どちらも買ってよかったです!

会話帳のほうは、実際に店先に持っていって使うのに便利そう。この本もやっぱり可愛いイラストが一杯、それからお料理や食材の写真も沢山載っています。タイ語メニューしかないお店でもこの本見せて「これある?」「これちょうだい!」ってすれば、いろんなものが食べられそうです。

タイの屋台図鑑のほうは、写真入でそれぞれのお料理についてさらに細かく詳しく解説されています。屋台の見分け方まで載っていて助かります。それから、この本にはお菓子が沢山採り上げられ解説されていて、甘いもの大好きな私には非常に嬉しい。と言うか、私はタイへ行ってタイのお菓子を食べたときに、タイの甘いものを捜し歩いて写真を撮って「タイの甘いもの全集」みたいなのを作りたい!と思ったんですよね~でもその後全然タイに通わなかったから出来ませんでしたが・・・この本はそれをやってくれちゃっているんですねー。先を越された(笑)!

タイの屋台とか安食堂とかは、ミシュラン的な美食の店ではないかもしれませんが、でも美味しいものが一杯ですよね。タイでは屋台が沢山あるからか、台所のない家も多いそうで、「料理は面倒」と思っている私には羨ましいです。日本だと外で買ったものだけではタイ程には色とりどりな皿は並べられないでしょ・・・。

こんなことを書いていたら、タイ料理が食べたくなってきました。パクチーの香りを嗅ぎたい!酸っぱくて辛いスープが飲みたい!タイ、本当に行けるのか!?
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by kiriharakiri | 2007-11-22 00:24 | 感想文
さてさて、次は何処へ行こうかな・・・ということで目星を付けたのは・・・タイです。

今年の3月にプーケットに行ったのですが、短い旅行だったのに毎日海へ出掛け(まだダイバーではなかったのでスノーケリングしてた)、暗く青白い蛍光灯に照らされた店先とか、1台のバイクに親子4人で乗ってるのとか、やたら沢山あったセブンイレブンとか、みんな移動中の車の窓から見るだけ~あぁ、外に出たい!と歯がゆかったです。

それから、スノーケリングをしてきたスミラン諸島近辺というのは、有名なダイビングスポット。スノーケリングで見ただけでもとっても綺麗でした。ダイバーとなったからには、是非あの海を潜ってみたい!

ということで、またプーケット行くかー、となったのです。―――って、本当に行けるかは・・・まだちょっと微妙なんですが、とにかく、情報を集めて楽しんでます。

ネットがあるから情報集めは本当に簡単。ガイドブックもタイ語会話集も持っているから買う必要もないし・・・でも、私が持っている会話集ってあんまり面白くないんだよねー。もっと面白いのないかな。

と思って、近所の本屋さんに寄ってみたら、『旅の指さし会話帳 タイ』というのが目に留まりました。

ページを開くと、活字じゃないんですよ。手書きの日本語とタイ語と読み方。それに可愛いイラストが一杯。この本を見せつつタイの人と会話しましょう~というコンセプトのようです。

キャー、コレ持ってタイ人の群れに突撃したい!

と思った私。即買ってきました。

ところで、この本、『旅の指さし会話帳 1 タイ』となっているのですが、ふーん、タイが1番か~10番くらいまであるのだろうと何となく思ったのですが、本の背表紙の裏の宣伝ページを見て驚きました。

なんと、74冊も出てます!知らなんだ。何処へ行くことになっても大丈夫だなー。

国内編もあって、『大阪』なんてのがありました。(でも大阪で日本人が「指さし会話」したら・・・どつかれるんとちゃう?)

しつこくアマゾンでもこの『旅の指さし会話帳 タイ』をチェックしてみると、お勧め!のカスタマー・レビューが沢山。おー、よしよし、いい本買ったかも。(ちなみに1998年に第一版第1刷、2002年に第35刷、2003年に第二版第1刷、2007年に第20刷とあるので、一回にどのくらい刷るのか分かりませんが、かなり売れているのではないでしょうか。)

と、ここで止めておけばいいものを・・・この本の宣伝をよく見ると『食べる指さし会話帳タイ』というのがあります。これもアマゾンでチェックして、よさそうなので買ってみることに。

アマゾンでは1500円以上買わないと送料がかかるので、何か他に1冊買おう~、やっぱりタイ関係の本がいいかな~と探しているうちに見つけたのが、『タイの屋台図鑑』という本。

もしかして『食べる指さし会話帳タイ』と思いっきりかぶってる・・・?とは思ったのですが、これもカスタマー・レビューがいいのばっかりだし、本の中身数ページを見る限りではかなり面白くて役に立ちそう。

タイの屋台って、美味しそうだけれど、何がなんだか分かんなくて(タイ語も分からないし、食材も分からないし、香辛料も分からないし)非常に敷居が高かったのですが、これで予習して、あとは「指先会話」でオッケー!(多分)

先日、5400円の魚図鑑買ったばっかりなんですけどね・・・その前はDVDの魚図鑑・・・このところ本を買い過ぎかもしれません。
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by kiriharakiri | 2007-11-17 20:19 | 感想文

永井愛作『書く女』

土日で大阪に行ってきました。大阪は暑かった!本当に10月の下旬なのか!?

それはともかく。『書く女』の公演を見てきました。樋口一葉の日記をもとに、貧乏な中、「書いていく」一葉の日々が舞台上で繰り広げられました。樋口一葉を演じるのは寺島しのぶ。一葉が惹かれる小説の師・半井桃水に筒井道隆。

若い女性なれど戸主である一葉は、家が物凄い貧乏で、小説家になって収入を得ようと小説を書き始める。でも貧乏は続く。更に書き続ける。でもやっぱり貧乏。生活苦。だけど書いて、書いて、そして貧乏の中から生まれた作品は、ついには高名な作家や批評家から絶賛されるように!でもそのとき一葉の命は終わりを告げようとしていた・・・。

とにかく貧乏なのだ。そして現代の私達から見るとまるで自由がない!一葉と桃水だって、どちらも独身なんだから相思相愛ということでめでたいな、でいいじゃない―――なんて通じない。どっちも戸主だから結婚はできないし。「男女のお付き合い」なんてものもダメらしい。世間から陰口たたかれ後ろ指指され。

男女のお付き合いはダメなくせに、遊郭なんぞはちゃんとあり(一葉が生まれた頃に芸娼妓解放令が出てはいるんだけど)、男が女を買うというシステムはある。また妾なんてのも権力やカネのある男にとっては当然だったようだし。男に都合のいい世の中。

貧乏ではあるが、自分は士族だという自負心もあったであろう一葉自らが売春婦になることはなかったけれど(妾にと乞われたことはあるようだが)、でもそういう女達を観察した一葉は、そういう女達の世界を描き、それが人の心を打ったのだ。今でも彼女の名声は高く、その肖像がお札に使われているのは周知の事実。

「貧乏」プラス「女」から生まれた一葉の作品、子供の頃に見たアニメ「魔法使いサリー」に『たけくらべ』をモチーフにした話があったなぁ、なんてしょうもないことしか知らず、ちゃんと読んだことのなかったのは不覚でした。本、早速買いました。今読んでいる途中です。

それにしても、半井桃水という人はハンサムで格好よく温厚な苦労人ということで、筒井道隆はぴったりのキャスティングだなー!と思ったのでした。(彼が苦労人かどうかは知らないけど。)単にに私がこういう感じの人が好きなだけかな?
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by kiriharakiri | 2006-10-22 22:39 | 感想文

ファインディング・ニモ

「ファインディング・ニモ」を見ました。とてもカラフルだった!きれい!海の質感が凄い!お話は人面魚もとい可愛いカクレクマノミの冒険物語で、その冒険も面白かった。

なんだか疲れているので今日はこの辺で・・・。
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by kiriharakiri | 2006-07-30 20:42 | 感想文
映画見てきました。
監督ニキ・カーロ(←私と同い年の女性)、主演シャーリーズ・セロンの
『スタンド アップ』。


実話が基になっているというストーリーはですね・・・主人公はジョージーという女性。ジョージーは10代で息子を産みシングル・マザーになり、その後結婚して娘も生まれるが、夫からの暴力に耐えかねて二人の子供を連れて実家のある故郷北ミネソタへ帰る。

故郷は鉱山の町。ジョージーは自分と子供の生活のために、彼女の父も働く鉱山で働き始める。鉱山で働いているのは男ばかり。女はごく少数、それも裁判所の命令で仕方なく雇っているに過ぎない。鉱山は男の職場・男のものであり、女がそこで働くのは男の職場を奪っていることになるなどといった理屈がまかり通っている。

そして男の職場を荒らす女には激しい嫌がらせが待っている。執拗な性的嫌がらせ・セクシャルハラスメント。強姦未遂までアリという耐え難い状況の中、ジョージーは「こんなことはおかしい!」と声を上げようとするが、労働組合は男のものだし、経営者も女なんてどうでもいいと思っているし、一緒の職場で働く女達までもが今の仕事を失うのを恐れるあまりジョージーの味方になってくれない。

それでもジョージーは共に戦ってくれる弁護士を得て会社を相手に訴訟を起こす・・・

―――

とにかくですね、この映画に出てくる炭鉱の男達や会社のトップの男達がもう本当に本当に最低人達で、あー、もう男なんて嫌いだ!男なんてくたばれ!!と男嫌いに拍車がかかる(←私はもともと「男」はあまり好きではないんです)そんな酷い奴らです。これ、男の人が見たら自分が同じ男であることが恥ずかしくなるのではないでしょうか。とにかくね、男、サイテー。

しかし、訴訟を起こすジョージーの味方になってくれた弁護士は男性です。他にも人間味のある男性が出てきますので、映画は「男=サイテー」と訴えているわけではないです。だからこそ、どうして男は女の人権を平気で踏みつける最低人になれるのか?そうなる男とそうならない男の違いは何?というのが気になるところなのですが、一つの映画の中では欲張りすぎかもしれません。

とにかく、あらゆる困難を乗り越えて不正に対して「不正だ!」と訴えた女がいたということ。スゴイじゃない!と思います。勇気のある素晴らしい人がいたということを知ることはいいことではないでしょうか。

私が働くようになって既に15年くらい経つのですが、この15年の間に職場でのセクシャル・ハラスメントに対する意識は随分進歩したと思います。私が働き始めた頃はまだ「野放し」状態で、職場の男は女のヌード写真を机に飾ったり、「ねえねえ、キリハラさんは処女~!?」とかしつこく言われて殴ったろかと思ったことなどあったのですが、今ではそんなこと考えられません。

まあ、今でも無法地帯な職場もあるでしょうし、電車に女性専用車が必要なほど痴漢の被害は減らないし、男が女に対して引き起こすサイテーな事件は連日ニュースに登場するしで、まだまだ嫌なことは多い。

でも、それでも、それでも進歩はしているんだと明るい面を見ることも悪くないのではないでしょうか。こういう映画が作られ公開されビジネスとして成立する―これは明るい面だと思うのですが、どんなもんでしょう。



人気blogランキング@それにしてもシャーリーズ・セロンは美人ねぇ
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by kiriharakiri | 2006-02-05 21:57 | 感想文