60年代後半生まれの独身女が日々考えたことをつづります


by kiriharakiri
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今日で今年度も終了。2009年も4分の1終了。早いなー。

ところで、私はYahoo!のプレミアム会員なのですが、今週の「プレミアム会員限定のコミック全巻無料イッキ読み!」に『ベルサイユのばら』があり、小学生のときに読んだきりだった私は「ベルばら」の話題についていけないことがしばしばあったため、今回読んでみました。10巻、全部読みましたよ~!疲れたっ!!

いやー、確かに少女マンガの「金字塔」かも!小学生にはちょっと難しい内容でしたね・・・だから内容をうろ覚えだったのでしょう。ただ、私にはオスカルがどうしても女に見えないんですよね。ドレス姿のオスカルも女装した男みたいで・・・(←これは小学生のときもそう思った)。そして金字塔ではあっても、このマンガを今後もう一度読むことは・・・多分ないと思います。なんかお腹一杯な感じで。
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by kiriharakiri | 2009-03-31 23:44 | 身辺雑記

千葉県知事に

森田健作氏(59)が当確だって。結局、2世3世でなけりゃテレビで顔の売れたタレントが当選するってことかね。テレビってすごいね。結局は我々選挙民がそういう人を当選させているってことだよね。世の中がイヤになることって時々あるけれど、「タレントさん選挙に当選」の報を聞いたときもそういう「時」の一つだよ・・・。
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by kiriharakiri | 2009-03-29 21:36 | 社会一般

占いは信じない

ネットを見ていたら、「男性には理解しがたい女性の〇〇ランキング」というのがありました。私が最初に読んだ記事には5位までしか出ていなくて、そのとき咄嗟に「理解できん」と思ったのが第3位の「占いに頼りたい気持ち」。後で9位まで見て「これも理解できん」と思ったのが第6位の「ダイエットのはまり方」と第9位の「記念日の重要度」。他は、自分がしているかどうかはともかく「理解」は出来る、と言うか、出来ているんじゃないかなぁと思います。

特にまるっきり理解の範囲外なのが「記念日の重要度」。理由の想像すらつかない・・・。理由などないのかもしれない。

逆に、咄嗟に「分からん」と思ったけれど、よくよく考えてみると「理解」は出来ているかも?というのが「占いに頼りたい気持ち」。

話は私が大学1年生のときに遡ります。大学1年のときは「教養課程」(今はないんだっけ?)となっていて、自分の学部や専攻とは全然関係のない授業を受けたりしておりました。その中には、ゼミもあって、学部の内容と関係のあるゼミもあれば全然関係のないゼミもあったのですが、私は後者のゼミを選びました。私は法学部にいたのですが入ったのは「戯曲研究」のゼミ。教授は法学部の教養課程の英語の教授。初老で白髪で柔和な感じのとってもいい先生でした。

そこで初めて「教材」として取り上げられたのがチェーホフの「かもめ」。私はそれまでチェーホフなんて名前も知らなかった!(やっぱり「教養」過程は必要だと思います~。)ちょうど文学座(だったか?)の「かもめ」が上演されて、それも皆で見に行ったっけ・・・。

という昔話はともかく。このゼミでシェークスピアの「マクベス」を取り上げたことがありました。(さすがにシェークスピアもマクベスも名前は知ってましたよ!)

物語の冒頭で、マクベスは妖女に

「マクベス、ばんざい。グラームズの領主、ばんざい。」
「マクベス、ばんざい。コーダの領主、ばんざい。」
「マクベス、ばんざい。行末王になる人、ばんざい。」

と「予言」されます。この時点でマクベスはグラームズの領主なのですが、コーダの領主でも王様でもありません。マクベスは妖女たちの言葉を必ずしも真に受けていない感じです。ところがその直後、自分がコーダの領主となったことを知らされます。驚くマクベス。しかし、次なる「王の地位」については・・・?

ここで、悪女として名高くなってしまったマクベス夫人が「暗躍」します。夫から妖女の「予言」の話を聞いたマクベス夫人は、自分の夫は王になる運命である!と強く信じるのです。そしてマクベスの居城にやって来た王の暗殺をマクベスにけしかけて実行させます。

マクベスは「予言」に対していまいち半信半疑でグズグズしているのに、マクベス夫人は「予言」は絶対だ!と疑うことがありません。この差は何だろう?―――という話がゼミで出たんですよ。

で、そのとき先生が「一般的に今でも女性の方が『占い』を信じるからね」といったようなことを言ったのです。

男にとって自分の人生とは自分の力や才覚で切り開いていくものです。最初から決まっているものではない。自分が作るのです。

一方、女にとって自分の人生というのは「所与」のものなのです。既に決まっているのです。女はそれを辿っていくまでです。既定のものなら「予言」も可能です。既定のものならそれを前もって知りたい!と思っても不思議はありません。

だから女性の方が占いが好きだし、信じるのではないだろうか―――と。

なるほどね、と思いました。確かにそういう面はあるかも。

実際には、女にとっても男にとっても、人生には自分で切り開ける部分もあれば、自分の力ではどうしようもない「運命」みたいなものに握られている部分もあると思います。特に昔は予告無く天変地異や疫病に晒され、それに対する対応策もあまり無かったわけで、生き延びるのは今以上に大変なことだったでしょう。だから昔の人は「占い」の類を男女に関わらず今より信じて、と言うかそれに頼っていた面があるように思います。また女に限って言えば、昔は女には自分のことを自分で決める権利もなく全てが親や周囲に決められて、そこから逃れることは殆ど不可能な場合が多かったでしょうしね・・・。

しかし、ことは「今」の話なのです。今は、少なくとも日本では、多くの女にとって女であっても基本的に自分で自分の人生を切り開ける筈だとは思いませんか?なぜ自分の人生を「所与」のものであるかのように捉えるのでしょう?昔からの意識に引き摺られているから?

私は占いを信じる女って、とても「受身的」だなぁと思うのです。なんか勿体ない気がする。なんで自分の力でなんとかしようと思わないんだろう!?その方が楽だから?もしかしたら、その方が男に受けるのかもしれないなぁ~なんて穿ち過ぎかしら。

結論:女が占いに頼りたい気持ちが強いのは、人生が所与のもの・既定のものであるがゆえ、それを知りたいと願うからである。つまりは人生を受身的に生きているのである。

考えてみると、私の父は、父なんだから男なのですが、高島暦の愛読者でそこに書かれていることを信じています。そしてその父の人生に対する態度はどちらかと言うと「受身的」だなぁ~と感じます。昔の、生き延びるのが大変だった時代の最後の生き残りかな?
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by kiriharakiri | 2009-03-28 22:05 | 私の主張~雑多なあれこれ
某カラオケ店にて。歌手名「ルチアーノ・パヴァロッティ」で3曲発見。

'O sole mio(オー・ソレ・ミオ)」と「Nessun Dorma(誰も寝てはならぬ)」と「La Dona e mobile(女心の歌)」。

「誰も寝てはならぬ」はトリノ・オリンピックの後で加えられたのだろうか?

とにかく、「オー・ソレ・ミオ」と「誰も寝てはならぬ」(プッチーニ)はカラオケにあっても気にならないのだけど、「女心の歌」はベルディだからなぁ。なんかちょっと恐れ多いかしら。

カラオケの画面に出てくるカタカナを全面的に頼ったベタベタのカタカナ・イタリア語でチャレンジしてみましたが・・・恐れ多いハズの「女心の歌」がなんとか歌えた。(―――って、実は以前歌ってみたくてちょっと練習したことあるのだ。)次が「オー・ソレ・ミオ」。「誰も寝てはならぬ」は途中放棄。メロディ、よく知ってるはずなのに、歌詞をメロディに載せることが出来ない。やっぱり練習しないとダメだね。まあ、どんなに練習しても「オペラ」としては歌えっこないんだけど。真面目なオペラファンからは「オペラをカラオケでなんて歌うな!」と叱られそう~。

ちなみに「誰も寝てはならぬ」はプッチーニ作曲のオペラ「トゥーランドッド」、「女心の歌」はベルディ作曲のオペラ「リゴレット」からの歌。どちらも、オペラそのものも非常に有名で人気も高い。オペラに興味のある方にはお勧め。リゴレットの方がとっつきやすいと思う。特に、今回リンクした「女心の歌」のユーチューブ画像は秀逸な「オペラ映画」から切り取ってきたものなのだが、このディスクそのものがお勧め。是非是非どうぞ~。
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by kiriharakiri | 2009-03-27 23:57 | 音楽♪

風刺漫画、追加しました

2009年3月26日付けのエントリ『「サムライ」ジャパンに酔う・・・断酒会が必要だなぁ』に風刺漫画を追加しました。自分では風刺漫画なんてとても描けませんので壱花花さんという方のサイトからの転載です。(転載OKしてもらってありがとう~。)
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by kiriharakiri | 2009-03-27 12:22 | 社会一般
今更なんですが、ミュージカル映画『マンマ・ミーア!』観てきました。私と意見が合いそうだなーという人(複数)が「よかった」と言ってたから、という理由で。(公式サイトはこちら。)

ストーリーやら何やらは詳しくここで紹介するまでもなく、ご存知の方も多いと思いますが、一応書いておきますと。

1999年ロンドン初演、その後世界各地でもヒットしたロングラン・ミュージカルの映画化。使われている音楽はABBA!ABBA!ABBA!それから、監督、プロデューサー、脚本ともに女性です。

お話の舞台はエーゲ海に浮かぶ小さな島。その島で民宿を営んでいるのがシングル・マザーのドナ(メリル・ストリープ)。彼女の20歳の娘ソフィ(アマンダ・セイフライド)が結婚することになったのだが、彼女は父親が誰か知らない。ところが彼女は母の昔の日記を発見。サム(ピアース・ブロスナン)、ハリー(コリン・ファース)、ビル(ステラン・スカルスガルド)という3人の男が父親候補であることが分かる。彼女は一目見ればきっと誰が自分の父親か分かると信じて、その3人を自分の結婚式に招待する。自分の名前でではなくドナの名前で・・・。

島にはソフィの結婚式を前にソフィの親友2人、ドナの旧友のロージー(ジュリー・ウォルターズ)とターニャ(クリスティーン・バランスキー)、そして前述のドナの昔の男3人がやって来て(うん、彼らは3人ともちゃんとドナを愛していたみたいです)、歌って踊っての大騒ぎ(ミュージカルですから)が次から次へと始まる―――。

ということで、感想。

歌と踊りはとても楽しかったです!特にドナとその友人二人の中年女三人の歌と踊りがよかった~!!そして海も島も美しかった~。お話の内容も基本的にコメディで楽しいもので、エンディングもいい感じ(←一般的観点から)のハッピーエンド。「この映画を観れば元気がもらえる!」という意見はあながちウソではないと思うのですが・・・。

それなのに。私は正直、いまいちダメでした。さほど元気出なかった。なぜ?私がウツだという証拠だろうか?あともう一つ考えられる理由は・・・。

ドナは20年間、一人で額に汗して民宿を切り盛りしてソフィを育ててきたわけです。ソフィの父は去って行っちゃったんですから。そんな目に遭ったのに、でも結局はピアース・ブロスナン演じるところのサム(既に婚約者がいたので島を去った)をずーっと忘れられなかった・・・ということなのかなぁ。実は彼は島を去った後にもう一度島へ戻って来ていたこと、そのときドナは失恋の痛手を癒すために(?)次の男としけこんでいたため彼は帰ってしまったことや、彼が既に離婚していて21年間ずっとドナを愛していたこと等をと告げると、ドナはサムのプロポーズを受けて、突如教会で結婚を延期すると宣言したソフィ(婚約者と仲違いしたとかそういうことじゃないんですよ、詳しくは映画観てね)の代わりに、彼と「結婚」しちゃうんだもの。

なんか、「えええ・・・っ」って感じ。

この後に続く歌と踊りのシーンで、ドナの友人で料理本のベストセラー作家で独身主義者のロージーが、自分の冒険談を書く作家のビルが「自分は作家、そして一匹狼」という、映画の最初の方でロージーが呟いたのと全く同じセリフを吐いたのを聞いて、彼をとっ捕まえようとコミカルな追いかけっこが繰り広げられます。とっても可笑しくて楽しいのですが、もしこれが「結婚」のためだったとしたら、やっぱりちょっとしらけるかも・・・。

中年が前向きにドンドン恋人を捕まえようとするのは楽しそうだし、いいなー!と思うけれど、そこに「結婚」が入ってくると一気に気分が覚める私・・・。どうしてもね、結婚、嫌いなのよ・・・。二十歳の娘がフワフワと結婚するのは「ま、若いってのはしょーがないなー」と思えても、歳を重ねて心に古傷持っていて、いろんなことだって分かっているハズの人が結婚に流れるってのは・・・。あー、これも「しょーがないなー」と思うしかないのかな。

それから、今回この映画観て気付いたのは、私、ABBAの曲って殆ど知らない!ってこと。ABBAってグループがいたことも、その名前もよーく知っているのに。さすがにダンシング・クイーンのサビの部分だけはなんとな~く聞き覚えがあったけど、後は全然分かんなかった。何故だろう。

ま、とにかく、年齢なんて気にせずやりたいことやろうぜ、ってことで。

この映画に何かメッセージがあるとしたら、そんなとこかな。と言うか、そういうふうに解釈させてもらいますよ!
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by kiriharakiri | 2009-03-26 23:40 | 感想文
「はあ?WBCって何?」とずっと言っていた私ですが、さすがにこれだけ連日マスコミでWBC!WBC!と騒がれると、これがワールド・ベースボール・クラシックというものの略称で、日本語にすると世界野球大会とかなんとかなるらしい、ということを嫌でも知ることになります。

昨日はソレの決勝戦である対韓国戦があって、日本チームが勝って2連覇、ということで新聞の号外まで出たり(号外を持っている人を見た)、テレビのニュースでもワーワー取り上げられたりしていたようです。

まあ、勝つためにチーム作って試合するわけですから、勝って喜ぶのは当然かもしれませんが、嫌だったのはこのチームに「サムライ・ジャパン」という呼称が付けられていたこと。誰が付けたんですか?誰も反対しなかったんですか?このチームに選ばれた選手や監督は「俺たちサムライだぜ」とか思って試合してたんですか?

私が読んでいるブログには、この「サムライ・ジャパン」って名称、嫌だよね~という意見が散見されましたが(まあ、そういう考え方のブログ主のブログを私が好む傾向にあるんでしょう)、テレビとかネットのニュースとか見ている限りでは全然問題視されてませんね。

なんでそんなに無批判にサムライを受け入れられるんだー!?私には無理っ。

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※壱花花さんの「壱花花WEBSITE」風刺漫画ページより転載。


だって私の先祖、農民だしね・・・それも小作。侍階級の食い扶持のために年貢巻き上げられて苦しい生活してたんだろうな~と思うと侍にあんまりいい感情持てません。ウチが農家、しかも小作であった影響は、士農工商の身分制度がなくなった(ハズの)明治以降もしっかり残り、それは戦後の私の母世代(1940年代生まれ)にまで強く影響したのです。

一例を挙げれば、私の上の世代の親類達は上の学校へ行けなかった!私の母方の親戚には学校の成績がいい子がどうやら時々出たようなのです。先日母の実家へ行ったときも、前々から「あんたの曾お祖父ちゃんはとても頭がよかった」と言われていたのですが、この人が「学業優秀」につき貰った表彰状が仏間に飾ってあったのを再発見しました。(高い所に飾ってあるし、難しい漢字で書いてあるから子供のときには気付かなかった。)でもそれって「尋常小学校」での表彰状。その後、上の学校へ行くことはありませんでした。その他の人も(私の母もかなり優等生だったらしい)、学業優秀と言っても、尋常小学校や新制中学での話。上の学校になんて行かなかった・行けなかったんですよね。経済的な問題は無論ですが、「小作のウチだし」という身分的なものもあったのではないかと想像します。

結局、4大に進む人が出るのは、ようやく私のいとこ世代になってからです。

父(やっぱりしがない農家の出・ちなみに父は成績ボロボロだったみたい)の親類に至っては、親類の中で4大に進んだの、なんと私が第1号です(1986年)。その後も・・・4大に行った人、いないんじゃないかな。お金や成績云々より、何か身分的なものというか「ウチは4大なんかに行くような家柄じゃないから」みたいなものを強く感じるんですよねー。そりゃ、4大が全てじゃないし、別に行かなくたっていいわけですが、でも最初から「ウチはそういうウチじゃないから・・・」みたいな考え方って、やっぱりなんかひっかかる。

しかし!一方で!

明治以降、それまでは人口のほんの数パーセントの侍階級の「規範」が法制化されて全ての日本国民に適用されることになります。そう、戸籍制度。最初の頃こそ、上手く適応しない人たちが大勢いたようですが、多くの人がこれに段々と染まっていく。「お上」からの政策(教育、制裁手段を伴った強制etc.)の「成果」もありましょうし、一方では人々の方でもこれを自ら進んで受け入れてしまった、という面があるように思います。

例えば、「戸主」の地位を手に入れた人には、それなりに「うま味」があったのかもしれません。さらに、戸籍の体現するものが元々は「侍階級」の規範というのに何か格好良さを感じてしまったのでは・・・?

今回、「サムライ・ジャパン」という呼称をスンナリ受け入れ日本の勝利に歓喜した人たちの「サムライ」に対する意識と、「戸籍制度」を受け入れてしまった人たち(いや、過去形ではないですね、今でも戸籍制度にしっかり染まっている人は多い)の感覚には共通するものがあるような気がします。

侍は国民のホンのごく一部の特権階級でした。そして、自分を特権階級と同一視して「酔ってみる」ことの好きな人は多いようです。(ドラマや映画の主人公達が特権階級であることの多さときたら!そしてそういうドラマや映画がヒットしている。)

今回も「酔ってみた」のでしょう。

でも酔いは醒まさなければいけません。でなければ依存症になります。

「断酒会」が必要かもしれませんね。
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by kiriharakiri | 2009-03-26 00:22 | 社会一般
一昨日の日曜日、物凄い久々に生の舞台のオペラを東京文化会館で鑑賞してきました!

錦織健プロデュース・オペラvol.4 ドニゼッティ作曲 『愛の妙薬』

指揮:現田茂夫
演出:十川稔
衣装:小野寺佐恵

出演
アディーナ(美人で地主の娘):森麻季
ネモリーノ(若くて気弱な農夫):錦織健
デゥルカマーラ(村から村を渡り歩くいかさま薬売り):三浦克次
ベルコーレ(軍曹):成田博之
ジャンネッタ(村娘):田上知穂

チェンバロ:服部容子
管弦楽:ロイヤルメトロポリタン管弦楽団
合唱:ラガッツィ

『愛の妙薬』はブッファに分類される楽しい筋書きのオペラです。『愛の妙薬』については他愛ない筋書き、とさえ言えるかもしれません。

あらすじ:(『』内は主要楽曲)

第1幕
第1場
愚鈍な若い貧乏農夫のネモリーノは美人で地主の娘アディーナに恋しているが(『なんと可愛い人だ』)、アディーナは彼のことなど歯牙にも掛けない。ある日、村の女たちが集まっているところで、アディーナは本を読んでいて(彼女は字が読めるから!)「可笑しいわ!」と笑い出し、皆にせがまれその内容を説明する。ネモリーノも寄って来て話を聞く。

それはトリスタンとイゾルデの物語で、「惚れ薬」で冷たかったイゾルデ姫がすっかりトリスタンの虜になるという話。「こんな薬、あったらいいわよねえ!」。

そこへベルコーレ軍曹が小隊を率いて登場。早速美人のアディーナに目を付け彼女を口説く(『昔、パリスがしたように』)。アディーナは、そうそう簡単には落ちないわよ、と切り返すが、まんざらではなさそうで、ネモリーノは気が気で仕方ない。

ベルコーレ率いる小隊や村の人がその場を引き払った後、ネモリーノは一生懸命アディーナに愛を乞うが相手にされない。

第2場
ラッパの音が響き、金ぴかの馬車が登場する。何事かと村人が集まってくると、それはいかさま薬売りのデゥルカマーラ。高名なドクターである自分が何にでも効く薬を皆様に特別にお安くご提供します!と言葉巧みに売り込む(『さあ、皆の衆、聞いた、聞いた』)。村人が「薬」を買って退散すると、ネモリーノがやって来てデゥルカマーラに「イゾルデ姫の愛の妙薬」はないかと尋ねる。デゥルカマーラは効果が現れるには1日かかると言って安ワインをネモリーノに「妙薬」だと言って売りつける。

早速それを飲んだネモリーノは「妙薬」を飲んだという自信とワインで酔っぱらったこともあって、アディーナがやって来ても「明日になればどうせ僕を好きになる」とばかりに彼女を無視してランランランと陽気に歌い続ける。

その様子にカチンときたアディーナは、ちょうどよくそこへやって来たベルコーレに「1週間のうちにあなたと結婚する」と告げる。それでもネモリーノは陽気に歌っているのでアディーナはますますイライラする。そこへベルコーレの部下が上官からの命令を持ってやって来る。小隊は明日出発しなくてはいけなくなり、アディーナとベルコーレは今日中に結婚することになる。青ざめるネモリーノ。

第2幕
第1場
アディーナとネモリーノの結婚パーティーが開かれている。アディーナはその場にネモリーノがいないので「これでは仕返しにならない」と面白くない。公証人がやって来るが、彼女はサインは夜まで待ってくれと言い出す。

一方、ネモリーノはデゥルカマーラに、すぐに妙薬の効果が出ないと困るので妙薬をもっと売ってくれと頼む。しかしお金がなくて妙薬が変えない。そこで、ネモリーノはベルコーレの小隊に入隊して兵隊になることを決意する。入隊するとその場で現金が支給されるのだ。金を得たネモリーノはデゥルカマーラの元へ急ぐ。

第2場
村の娘達が集まって噂話をしている。ネモリーノの叔父さんが亡くなってネモリーノは叔父さんの莫大な遺産を相続することになったというのだ。娘達は勿論玉の輿に乗ろうと張り切る。そこへ、妙薬を更に飲んで酔っぱらったネモリーノがやって来る。娘達が皆ネモリーノに色目を使う。妙薬の効果が出た!と信じ、嬉しくてご機嫌のネモリーノ。その様子を見たアディーナはネモリーノの心変わりにショックを受け不安を感じる。

アディーナはデゥルカマーラから、ネモリーノがアディーナの愛を得るためにデゥルカマーラから妙薬を買ったこと、そしてそれを買うお金を得るために兵隊になったことを知る。アディーナはその愛情の深さに心を打たれる。アディーナも恋に落ちたらしいと気付いたデゥルカマーラはアディーナにも妙薬を売りつけようとするが、そこはアディーナが一枚上手で、その手には乗らない。

この様子を見ていたネモリーノは、彼女が涙を浮かべていた、ネモリーノにまとわり付く女の子達を羨んでいるように見えた、彼女は自分を愛しているんだ!神様、これ以上のことは求めません!と歌う。(『人知れぬ涙』・このオペラの中で一番有名なアリア。)

アディーナはネモリーノの入隊契約書を買い戻すことにし、二人は結婚することになりめでたしめでたし。ベルコーレは「女ならいくらだっているさ!」とすぐに立ち直る。デゥルカマーラは自分の妙薬の効果に自分でもビックリしつつ、村人達からも「万歳!大先生!」と賞賛されつつ馬車で村を去って行く。

―――で、今回の公演の感想ですが・・・よかったです!楽しかったです!錦織健さん、とても小柄な方でちょっとビックリしました。でも美声が最初から響いていました~。それから森麻季さん、細くて美人。第1幕では「ちょっと声にパンチがないような・・・」と思ったのですが、第2幕になったら声がグーンと前に出てきて、デゥルカマーラ先生とのやり取り(二重唱)なんて、とってもよかったです。それにしてもデゥルカマーラ先生の「早口言葉」は面白い。歌うほうは大変でしょうが・・・(ちょっと「不安」を感じてしまった部分があったことは白状します)。ベルコーレ軍曹はそつ無く、という感じだったでしょうか。

それから、コーラスは人数が少ないのに(男女其々6~7人くらいだったかと)、とっても美しく大きく響いていました。きっと一人ひとりがかなり上手なのでは?

オーケストラは・・・そこまで耳が回ってませんでした~と言うことは、悪くない演奏だったということでしょう~。(いい加減だな、私も。)

舞台装置は、お金はあまりかけられないけれど、だからと言ってみすぼらしくなってもダメ、というカンジできっと最低限の予算で最大限の効果を出したんだろうなーと思いました。ライティングでもかなり補っていたという印象。感心しました。

それから、衣装がとっても可愛くて素敵でした!特に第2幕でアディーナ役の森麻季さんが着ていたドレスは可愛かった~。デザイン的にはオーソドックス。オペラの途中で衣装換えをしたのはアディーナ役だけでしたから、きっとこれも予算の関係があったのかな。

今回はS席で14000円だったのですが、コストパフォーマンス高し!と思いました。外国のオペラハウスの引越し公演だとS席4~5万円しますからねー。そうそう手が出ないですよ・・・。新国立劇場のオペラ公演も結構チケット高いんですよねー。でも14000円でこれなら、絶対お買い得!「錦織健プロデュース・オペラvol.4」となっているから、毎年やっているのかな?来年もこういうお値段で何か聴けるのかしらと思ったのですが、過去の公演記録を見ると毎年はやっていないんですね・・・。次はいつかしら。来年もやってほしいなー。

それから最後に。これは観客席の話なんですけどね。

客席はほぼ埋まっていました。お客さんの年齢層は高かったです。60オーバーの方がメインだったかも。別にそれはいいんですが(いや、もっと多くの若い人にも足を運んでもらいたいというのはありますが)、その客席の「色」が・・・薄暗いというか、ドヨーンとしているというか・・・そりゃあ酷いものだったんです。

皆さん、とにかく暗ーい色の服を着ているんですよね・・・男も女も。黒からグレー、もしくは焦げ茶から茶色のグラデーション、しかもデザインも・・・なんか近所のスーパーにでも行くかのような・・・。あの、

オシャレしないんですか?

私は、数は多くはないですが、それでもある程度のオペラやそれ以外のクラシック音楽やバレエのコンサートに出かけてきました。しかし、こんなに客席がドヨーンとしたコンサートは初めてです。マチネだったから?いやー、それにしてもやっぱり酷すぎでしょ。真っ赤なスーツを着ろとは言いません。でもある程度高齢になったら、何か綺麗目の色を差し色に使うとか、もうちょっとこう華やかにする工夫をしないと、果てしなく薄汚くダサくなってしまう・・・。

一緒に行った友人には、私の服がすごく目立っていて見付けやすかったとまで言われてしまいました。そんなに派手な服装ではなかったんですが。

私には、クラシックのコンサート、特にオペラは、観客もホール全体の構成員というか「構成物」の一つとして、ある程度華のある格好とかオシャレな格好をするのがマナーの一部ではないかと思っているので、今回の客席はホントに悲惨でしたね。何故?チケットが安かったから?(←でも1万円以上はしているんだし。)謎です。
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by kiriharakiri | 2009-03-25 00:29 | 音楽♪
なんか、東京、どんどんヘンな方向へ走ってる・・・?やっぱり都知事がI原クンであることと関係してるのか?

東京新聞の記事
『都安全・安心条例』改正案への心配 2009年3月19日
開会中の東京都議会に提案されている都の「安全・安心まちづくり条例」改正案が18日、委員会を通過した。この改正が注目されているのは、街頭での「大衆に多大な迷惑」とみなされたり「街の秩序を乱す」とされる行動が制限されかねない点だ。具体的に何を指すのかは不明だが、表現の自由を脅かすという批判が相次いでいる。この不況で労働組合などの街頭活動も増えている。そんなタイミングも懸念の背景にはある。


参考:大東京防犯ネットワーク

防犯にかこつけて、相互監視型社会(戦前みたいな?)を目指しているのか?政府や多数派に「物申したい」人たちの表現の自由を押さえ込みたいのか?とにかく具体的に「こういうのがダメ」という設定のない曖昧な基準で強制的に人々の行動を規制できる法律ほど恐ろしいものはない。いくらでもいろんな解釈が出来てしまうからだ。もちろん、「力を持つもの」に都合のよい解釈が採用されるわけで・・・。

とりあえず、この動きに抗議するための繁華街でのパフォーマンスの一つとして、明日新宿アルタ前でフラッシュモブをやるそうです。(ブログ『情報流通促進計画』2009年3月20日エントリ



私はいつも休日は比較的暇こいているのに、明日は用事があるので行けない!残念!

こちらのサイト(『デルタG』2009年3月21日エントリ)を読んで私も急遽ブログを更新した次第です。
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by kiriharakiri | 2009-03-21 13:55 | 社会一般

某N県へ日帰り

親戚のおばちゃんのお見舞い、及び墓参りのため(お彼岸に墓参りしたの、生まれて初めて!)某N県へ日帰りしてきました~。疲れた!
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by kiriharakiri | 2009-03-20 22:55 | 身辺雑記