60年代後半生まれの独身女が日々考えたことをつづります


by kiriharakiri
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イタリア旅行記その4 ミラノ 14日の金曜日

1314日の金曜日、この日は本当ならばスカラ座へ行く嬉しい日!!似なる予定だったが、ストライキで公演はキャンセル、チケットの払い戻しのためにとぼとぼとボックス・オフィスへと向かったのでした。

が、ボックス・オフィスは閉まっていて何人かがドアの前に並んでいます。そうか、ボックス・オフィスが開くのは12時(正午)だったっけ・・・ということで、ミラノの町をブラブラしたり日本へ電話をかけたりして時間をつぶし、12時を過ぎてから再度ボックス・オフィスへと出向きました。

ところが、ボックス・オフィスはまだ閉まっています。待っている人も何人かいます。どうしたんだろう~と覗き込んでもドアには昨夜私のところへ来たファクスと同じ文面の張り紙がしてあるだけ。

・・・もしかして、ボックス・オフィスもスト!?

ハッキリとは分かりませんが、実際閉まっているのですから、それ以外に考えられません。ボックス・オフィスのスタッフだって「スカラ座のスタッフ」ということなのでしょう。

困りました。私は次の日の朝にはミラノを発つのですから。「ど―――すればいいのよぉおおお。」と脱力した私は、ふてくされてひとまずホテルへ戻って、まだ時差ボケがありましたから、ゴロゴロと横になっておりました。今考えると、ゴロゴロなんぞせずにウィンドウ・ショッピングでもしていればよかったのですが、このときはゴロゴロ以外のことは出来なかったです。なんたって「今回の旅行8割方失敗」ですから。

この日の午後は、レオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」があるサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会に行く予定でした。現在、この絵の鑑賞は事前の予約制になっています。一回の入場者数は25人で15分間と決められており、私も日本で予約しておきました。予約すると予約番号を教えてもらえます。予約時間の20分前には来てください、とのことでした。

で、この予約時間が近づいたので、この教会へ行くことにしました。地図で見ると、充分に歩ける距離です。途中までは昨日通った道ですのでどんどん歩いていきました。

しかし、途中から道が分かり難くなってきたのです。イタリアの道には名前が付いているので、その名前を確かめつつ歩けばいいのですが、大小の道が入り組んでいるためそれが結構難しい。本当に正しい道を歩んでいるのか不安になってきて、途中で3回も通りすがりの人に道を尋ねてしまいました。皆親切に英語で教えてくれました。

どうやらこの道沿いに教会がありそうだという所まで来たときには、充分な余裕を持ってホテルを出たはずなのに、集合時間ギリギリの時間になっていました。しかも予約番号を書いたメモをホテルに忘れてきたことに気が付きました。「ミラノに来てスカラ座も行けないうえに最後の晩餐も見れなかったら、どうするのよ!?」と焦った私は、とにかく集合時間に間に合わねばということで走ったのです―――これがまずかった。

ミラノの道は石畳です。石畳の石というのは、だいたい一定の高さですが、所々高さの違う石が隣り合っていて、そういうところは結構段差があります。段差―――お年寄りには大敵ですが、焦っている上に運動能力の低い私にも大敵でした。段差に躓いて転んだのです。

右足をグキッとひねって、思いっきり転びました。

近くにいた男性が驚いて「大丈夫!?」と声をかけてくれました。大丈夫大丈夫、と起き上がると擦りむいて血で滲んだ左ひざが見えます・・・ズボンの膝が破けてしまったのです(去年買ったばかりなのに~。右足首は、ちょっと痛いけど大丈夫なようでした。

私が転んだのは教会のすぐ近くでした。走る必要などなかったのですが今更そんなことを言っても仕方ありません。「最後の晩餐」鑑賞用の受付窓口横には私より1回先に見学する人達が待っています。ますます焦る必要はなかったことが分かります。

予約番号を忘れた件については「多分大丈夫じゃないかな~だってイタリアだよ」と高をくくっていましたが・・・これは私の予想通り。予約時間と自分の名前を告げるだけでOKでした。受付では日本語のオーディオガイドを貸し出していたので、それを借りて時間を待ちます。

時間になり、最後の晩餐の絵がある部屋に入ります。ガラーンとした何もない部屋です。その壁に、おごそかに最後の晩餐は描かれておりました。修復のおかげでしょう、絵は結構きれいな状態でした。

絵は・・・今見ても新しく見える!すごい!と思いました。「古い」最後の晩餐では、ユダは他の人たちとはテーブルの反対側に座っていたり、ユダにだけ光輪がなかったり(←まあ、当然なのですが)で、あからさまに「悪者」ユダが分かります。当時はそれが当たり前だったのでしょうが、現在の目で見ると「・・・ついていけないかも・・・私には信心もないし・・・」てなことになってしまいます。けれど、ダ・ヴィンチの絵は「ついていかせてください!信心はないけれど!」と思わせるものがあるんですよねぇ。15分間、日本語解説に耳を傾けつつ、ゆっくり鑑賞させていただきました。

スカラ座はダメだったけど、「最後の晩餐」が見られたのだからよしとするか・・・と思いつつ、その日は早く床についたのですが・・・。


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ミラノ スフォルツェスコ城(後方)とカイローリ広場に立つ銅像(カイローリという人の像なのかな?)


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by kiriharakiri | 2005-11-03 22:29 | イタリア旅行記